4th. バガヴァッド・ギーター クリシュナ先生の教え

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今回からは、戦士アルジュナさんに対するクリシュナ先生の教えについてお話していきます。
その名も「クリシュナ先生の教え」。

「君は嘆くべきでないことを嘆く、しかも知恵の言葉を話す。
死んだ人たちや生きている人たちのことを、賢者たちは嘆かない。」

これは、戦場で祖父や師と戦いたくないと嘆き悲しんでいる戦士アルジュナさんに対して、クリシュナ先生が言った言葉。

その意味は次の通り。
「君が嘆いていることは嘆く必要がないことだ。一族同士で殺し合いをすることはダルマ(ダルマの意味:義務、自分の生きるべき道、行くべき道を歩むこと、日本語では「業」)に反し、大罪を犯すことになるので戦わないという浅はかな知識を振り回して自分を正当化しても何にもならない。 賢者たちは、君のように敬愛している人たちと殺し合いをしなければならないと嘆いたりはしない、ましてや死んだ先祖たちや現在生きている人たちが地獄に落ちるなどと馬鹿げたことを、さも真理(真理の意味:確実な根拠によって本当であると認められたこと。ありのまま誤りなく認識されたことのあり方。真実。)であるかのように言って嘆いたりはしない。」

一瞬、クリシュナ先生が戦士アルジュナさんに「家族や友人と戦いなさい。」と言っているように聞こえるかもしませんがそうではありません。
そーだよね。そんなわけないよね~。良かった良かったとほっと一息する私。
インドのどえらい経典に、そんな残酷な教えが書かれているはずないもんね!
しかし、さすが極端な例えだな、と思いながら。例えと言っても、実際に多くの争いがあったのもまた事実。ま~確かにこれくらい極端な例えの方が理解しやすいのか、と思いながら、私なりのクリシュナ先生の教えをまとめてみました。

クリシュナ先生の教え①:自分を正当化しているだけ

「私たちは、日々直面する様々な問題やストレスに悩みながら愚痴を言いながら、自分と折り合いをつけながら過ごしていて、時には他のせいにしたり、自分のせいにしたり、考えるのをやめたりして屁理屈を並べ立て正当化し、問題を心の隅に押しやる。この対応が常態化しているので、特別深刻な事態にならない限りあまり気に留めないかもしれない。だけど私たちが日常行っていることは、戦士アルジュナさんと同じように、直面している事態を嘆き、もしくは見て見ぬふりをし、または他の理由をつけて、あたかも自分を正当化している。」

いやー、まさに私の事を言われているようで胸が痛い。
そうなんです。私たちは、いや、私は、なんだかんだ言って、あいつが悪いとか、あれがどうしたとか、もっとやっかいなのは自分が悪いと言って、自分を正当化しているだけ。誰がいいとか、悪いとか、そんなのは問題ではない。原因の根本解決になっていない。
表面的には問題を解決しているようで、実は先送りしているようなもの。

私の事だ―――。

戦士アルジュナさんは私だ、と感情移入をしたところで、クリシュナ先生の教えの続きはまた今度。

お読みいただきありがとうございました。

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より個々のライフスタイルに合わせ 時間も場所も自由に 自分らしく選択し生きていく。 そんな新しいスタジオとしての在り方 生き方・Life Styleをお伝え...

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